とりとめもない話

どんぐりころころタンスにゴン

タイトルまったく関係ないんですけど、最近、「やっぱりなんやかんや、リアルって強いなあ」って思うことが多いんですよねえ。

リアルと言っても、シロップの名曲「リアル」じゃなくて、「実物」「ネット外」のほうです。

私はめちゃくちゃ出不精で、職場と家の往復と、週末たまに公園に散歩に行く以外、お出かけなんてのは年に一回あるかどうかというレベルなんですけど、先日シロップのライブに重い腰を上げていったら、当たり前ですけどサイコーだったわけです。

絵なんかでも、やっぱりパソコンやスマホの画面よりは、生で見たほうがすごく臨場感があるじゃないですか。サイズ感とかも迫ってきて。

知ってるんですよ。

ただ。

ただね。

出不精なんですよ私は。

お外が嫌いなわけじゃないんです。
家にいることがあまりにも好きすぎるんです。
あと風呂と着替えがめんどくさい。

それに、スケジュールをすごく詰めると、すごく疲れるんです。
仕事が週休二日として、一日遊んだら、一日は完全なるオフ、どこにも行かないで家でダラダラする日が必ず欲しいんです。

その「一日遊んだら」というのもね、本当に丸一日出ずっぱりはキツイ。12時から18時位までがいいな。お酒のんでいいなら22時位までいいよ。その場合は17時位からにしてほしいですけど。

そんななので、やっぱりネットが活動の中心になってくるんですけど、なんか最近、「んんんん〜〜〜なんだか、画面越しだけでは物足りないっ」という気持ちになってきたんです、このネット大好きの私が。

さいきん、荷物のやり取りさせていただくことが増えて、お手紙いただくことが何回かあったんですね。
それでやっぱり、手書きの実物のお手紙って、いいなあ〜〜〜って思ってですね。

具体的に何がいいんだろう、って考えたんですけど、やっぱり受け取る情報量がモニター越しより多いですよね。
手紙であれば、単純に筆跡なんかも表情が出るし、それから紙のチョイス、ペンのチョイス。
そこまではスキャンすればデジタルでもいけるんだけれども、読むときの紙の手触り、紙やインクのにおい、めくるときの音、手の動き、そういうのはアナログが強いですよねえ。

あと、想像に過ぎないんですけど、画面は自分で発光してるじゃないですか。
でも紙は、あれは紙として見えている理屈は、反射光なんですよね?
理科そんな得意じゃないんですけど、そんなんだった気がする。
だから、地がおんなじ白色でも、目に当たる感触がちょっとやさしいわけじゃないですか、そうすると無意識レベルで印象が違ったりするのかなあ、とか。

「内容、情報だけを素早く伝えたい」っていうときはデジタルが圧倒的に便利で完勝なんだけれども、やっぱり作ったものとか情感の入ったものに関しては、実物が目の前にあるっていうのは、すごく強いなあ〜と思いまして。

自分の絵も、スキャンしてネットにアップして見てもらうのは好きになってもらうきっかけとしてすごくイイんだけれども、本当の気持ちとしては「ええい、もう、うちに来て実際のやつを見てくれ!!!!」っていう、本音。

私は絵も音楽も、絵なら視覚・音楽なら聴覚だけ使って楽しむものではないと思っていて、やっぱりそこにいろんな思いとか、記憶とか、私情とかあってしかるべきだと思うし、メイン以外の感覚器で感じ取る部分っていうのもものすごく大事なことだと思うんですよね。

絵にリズムを感じたり、音ににおいを感じたり、シナスタジアまでいかずとも多少はあるじゃないですか。
それがやっぱり、生で見たり聴いたりすると、まるで迫ってくるように如実に感じられるんですよね。
それは多分メイン以外の感覚器がより一層フルで働くからだと思うんですよ、リアル・実物だと。

なーんかうまいこと、出不精のままで、よりビビッドに芸術鑑賞を楽しんでもらえる方法、ないかなあ〜〜〜〜〜。
やっぱり、通販が一番現実的なんですかねえ。

あ、私が自分の絵を持ってお宅に訪問すればいいのか?

いや、誰がわしの運賃はらうねん。

ていうかわし出不精や言うとんねん。

あーん、頭が悪いよう。

なんやこのとりとめのないブログは。

反省。

ばいばーい。