技巧の追求から逃げ続けて早35年

私は、なんせ手先が不器用なんです。

私の絵などを見て「そんなことはないよ」と言ってくれる子もいるのですが、よく考えてください。
私は物心ついたときからずっと絵を描いているんですよ。
35年間、多少の中だるみ期間はあったといえどもずっと描いていて、気合を入れていたときにはデッサンやパースのとり方なども自分なりに稽古をしていて、それで、ようやくこのレベルなんです。

特にデッサンなどについては、もはや鬼門と言っても過言ではありません。
私は、ふつうに生活していても困るレベルで距離感を掴むのが苦手で、たとえば階段などがうまく上り下りできなかったりするのです。
ですから、デッサンをしようにも、ものとものとの距離感がよくつかめず複数のものを並べて模写することができない。
私の絵、わりと平面的でしょう。距離感がわからないので奥行きがうまく出せないんですよ。

おまけに視認する能力と運動する能力があんまり連動していない感覚があって、描画の際にも、どうもペン先が自分の思った場所に着地しないんです。
でも昔よりはずっとましですよ、Gペン全く使えなかったですから。だいぶましになったんです。

そんなこんなでございまして、正直に私の気持ちを言うならば、「私は、ボディーがこれだけポンコツであることを考えれば、よくがんばって描けているほうだ」なんですよ。
だってね、このダメチクリンな私が、「器用だね!」って言ってもらえるまでになったんですよ。たいしたものですよ。

あとねえ、絵に関してはもうひとつくやしいことがありましてね、認知特性がですよ、私は視覚優位ではないんですよね。
カメラアイとか、まったく無いです。「見たまま覚える」「見たまま描く」は、一切できない。
本田35式認知テスト、なんべんやっても「聴覚言語」が優位になります。ダジャレと替え歌は得意です。何の役にも立ちゃしねえ。

だからねえ、絵がうまいかヘタかで言ったら、謙遜とかナシでですよ、決してうまかぁないわなあ。

けれども、それで肩身狭くおとなしくしておく私じゃあございません。
ヘタクソにはヘタクソの矜持ってもんが、あるんですよ。

私は、絵を描きますよ。歌も歌います。文章も書きます。
世界が私のつくったものをヘタクソと笑うのであれば、私は、自分の作品がヘタクソ呼ばわりされない小さな世界を別途で作ります。会員制です。私のこと好きな人しかその世界に来れません。
わしゃそういう奴です。
わりとしおらしく「いえいえ私なんぞは!」とか言っておりますけれど、腹の底では「私のことを評価しない世界にはたいして興味ございません」とか思っているような奴なんです。

でもねえ、私、それでいいんじゃないかと思うんですよね。
全員「私のことを評価しない世界にはたいして興味ございません」になったら、なんというか、そこまで自分のこときらいにならなくて済んだりしないんだろうか。

まあ私の考えることはだいたい夢見る夢子ちゃんですから。

ほどほどに。

プエ〜。