とりとめもない話

だいぶ前にすげえ依存体質の人にすげえ依存されてすげえ嫌だった話

いつも大変お世話になっております。

最近は3月の展示に向けて、ああでもないこうでもないとディスプレイを構想したり、あれやこれやと工作をして、いそがしく過ごしております。

うまくいったらいいなあ。
展示期間が1ヶ月あるので、いろいろと工夫をしてがんばりたいと思います。

さて、私は今そんな具合に、たいへんいい感じでいろいろやっております。
人間に平等に与えられた24時間を、かなり自分のために使えているように思います。

「自分のために時間を使う」というスキルをあらかじめ持っていないと、人のために動くということも上手にはできないものなのですね。
逆に言えば、自分の時間を持ててこそ、人のために動けるということです。

もう時効だと思うので厄払いとして書くんですけど、何年前になるのかしら、なんか、すっごい依存されてしまったことがあって。

まいにちランダムな時間に電話がかかってきて、出なかったら出るまでかかってきて、出たら1時間2時間の拘束が当たり前で。
最初は、たまにメールやりとりするくらいの仲だったんですよ。
それがあれよあれよと、転がるようにはけ口要員にされちゃって。

わしゃブログの投稿画面じゃねえっつーの、と今では思えますけど、当時は「私が相手してあげなきゃ、この人は愚痴を吐き出す場所がなくなっちゃう、自傷行為などに走ってしまうかもしれない」と思っていて。
うわあ、やっさし〜〜〜〜〜〜。
(当時の自分をなぐさめるため自分で言っております)

私もね、すごく受動的なタイプだったから、「いいよいいよ、私で良ければいつでも相手するよ」でズルズル行っちゃいましてね。
でも、正直、最初はよかったんですけど、規格外のスピード感でどんどん遠慮がなくなっていって、数ヶ月もした頃にはもうすごく負担だった。
ちょっとでも気に食わない対応すると、明らかに空気変えて「は?」みたいな感じでくるんですもん。
私だってか弱い人を見捨てる悪人にはなりたくなかったから、できる精一杯のことはしました。
今思うと、毎日、顔色伺いながらビクビクしていましたねえ。

私のTwitterをフォローしてくださってる人の数も目当てだったように今では感じるな。シロップアカウントのほうね。シロップの五大陸に響き渡る人気により1000人を超えているので。
だからなのか、私はもともとRTをあまりしないタイプだったんですけど、よく私の作品をRTしろって言われてた。

最終的には、私が別件でつぶれて数週ほど電話対応ができなくなったら、ブログに悪口書かれて、私が持っている発達障害とか的外れにバカにされて。
私が負担に感じていた電話も、「ADHDに目をつぶって、気を遣ってこっちから電話してあげてたのに」ということにされてて。

それら、英語で書いてあったんですけど、私は英語ある程度読めるんで指摘したんですけど上辺の謝罪するばかりで消そうともせず、それの何がよくないかをコンコンと諭すメールしたらやっと消して。
それでいったん許したんですけど、別件で全然凝りてなかった事がわかったので、もういいかげんにしろってマジブチギレメールして、連絡先全部ブロックして、一方的におさらばしちゃったんですよね。

たぶん相手は、「たいしたことじゃない事・関係ないことで、急に重箱の隅突くように怒り出して、暴言吐いて去っていった」と思ってると思います。
私にとっては、長い時間をかけてずっと積もり積もったものだったんですけどね。
そこは伝わってると思っていないし、そして私が一方的に正しいとも、思っていないです。
私がもう少し大人になれていれば、もっとおだやかな方法あったはずですから。

でもね、申し訳ないけど、その関係を切ってから、生活がすごく、いいんですよね。
単純に時間と精神の制限がなくなってぐんぐんと自分の活動ができているし、伸びやかに生きることが出来ている感じがして、ああ、あれは私にとってかなり重い足かせだったんだなあ、って、ほんと悪いけど、思います。
(本人、普通の神経してればさすがに当時無かったこのブログをチェックしてるってことはないはずので、ちょっとだけ腹いせ、毒吐かせていただきました)

前向きに捉えないと無駄な経験になっちゃうので、今後の教訓として肝に銘じますけど、やっぱりね、「自分」というものが根幹として堂々とそびえ立ってないと、なにごとも回らない。
「誰かのため」もすごく素敵だけれども、それをしたいなら、「自分」がまず確固たるものとして君臨してなければ、そのうち負担になって結局誰も救えないですし。
デメリットしかない奉仕のみの関係は、やっぱり不安定だし、続けるのは負担でしかないです。
奉仕することによって自分になんらかのメリットがある、という状態にしないと。
気分の充足、でもよいので。

そんで、関係がWin-Winであることによってのみ安心してくれる相手じゃなきゃダメだ。
「してもらってる」精神と言うか、相手にもメリットがあるんじゃなきゃ、申し訳なくて、いられない! という神経をある程度持ってる人じゃないと、話が通じない。
完全に「与えてもらっている」でしかない事柄を「いいや、自分が与えている側だ!! なぜなら、与えさせてあげているからだ!! こんなにしてやってるのに!!」と脳内変換しはじめたら、もう赤信号。

なんで、してもらってることを「してあげてる」に変換するのかね、あのタイプの人種は。

ぐちぐち言ってしまって申し訳ありません。
気が済みました。
一回だけ、何があったかはっきり書いておきたかったんです。

さすがに時効っしょ!

ばいちゃ!!!