「おまえのせいで壊れたわたし」をぶら下げてひきずり回していた頃の話

私は、つらい感情を抱えている人に対して、何を言ったらいいのか本当にわからなくて、ずっと適切な言葉や態度を探し続けているけれども、答えは出ません。

いまのところ、「先に希望はあるんだよ」みたいなことは、できるだけ、なるべく、言わないように気をつけています。自分の体験談としてはしゃべることはありますが。

希望とか光なんていうものはね、はっきりいって、悲しいけれども誰の手にも等しく存在するようなもんじゃないと思うんですよ。

私は、今はたまたまいろんなことが落ち着いて、いっちょまえなことも言えるようになってきていますけど、そんなもん、たまたま運のめぐりあわせがよかっただけであって私の手柄ではないし、いつ失うともしれないし、そんな不安定なもんにうつつを抜かして自分が何かを達成したような気になってちゃダメなんです。

それにね、私がいちばん救いを求めていた、いちばん苦しかったときって、誰かの助けとかほどこしとか、ありがたく頂戴できるような状態じゃなかったんですよね。

ある程度自分自身を許せる段階にきてないと、「自分ごときが誰かに助けてもらうなんてとんでもない罪」であるし、なんの見返りもないのにやさしくされると、一瞬は楽になるんですけど、その人を信じたい感情と裏切りの予感と迷惑かけたくない気持ちがぐちゃぐちゃになって、心が死ぬんです。

それってね、めちゃくちゃ無情じゃないですか。
助けが必要な人ほど、誰かの助けの手を結果的に拒否するようになってるんですよ。

たぶん、ただでさえしんどいときに、ヘタに人を信じてそのやさしさがウソだったらまじで死ぬから、自己防衛でそうなっていくんじゃないかな。
ひどいときには「やさしい奴ほど敵」とすら、みなしていたときもありました。

私の場合、それでも人並みに愛されたい感情はあるし、承認されたい欲求もあったので、一時期はほんとうに、頭おかしくなってたと思います。

しらふだと理性がじゃまをして誰にも甘えたりわがままを言ったりつらい胸の内を明かしたりできないから、昼間は「ひかえめで、ある程度常識のある、ほがらかな人」をやるんですけど、一日を終えると必ず限界メーターを振り切っていて。

だから毎晩、自分の許容量を大きく超えた酒量をあおって理性を飛ばしては、思いのままに自傷行為をしたり、Twitterやブログに暗いことやめちゃくちゃなことを書いたり、まるで絶望が趣味みたいに、過ごしていたと思います。

その混沌を、自分の中だけでおさめておくことができなかったです。
「こんなにくるしい」を、多分誰かにわかってもらいたかったんでしょうね。
私の場合はたぶん、関係の悪かった父親に「おまえの言動は私をここまで苦しめるほどひどかったんだぞ、私だけがおかしいわけじゃないんだぞ」と、わかってもらいたかった、「おまえにはずいぶん悪いことをしたね」と思ってもらいたかった感情が大きな根っこになっていたかもしれません。

けれども、当の父親にはどう伝えても伝わらない。
私が泣こうがわめこうが、「私の頭がおかしいから」というのは、父の中で変わらない。無駄なのです。何を言っても。
だから、別口で発散するしか手がなかった。穴がふさがらないことをわかっていながらも。

だからといってそんな死ぬ死ぬ詐欺みたいなことしていいなんて理屈は通らない、それも理解できるだけの脳みそは持っていたので、そんな脳みその動きをとめるために、もしくはまた他害自害をやらかしてしまった自分の咎をわすれるために、よけい酒量はふえました。

で、当時の自分が誰かに「酒やめろ、自分を大事にしろ、先に希望はある」みたいなことを説教みたいに言われたとしたら、それはもう、斧でまっぷたつにされるような、もう逃げ場なしというような、つらい気持ちになったと思います。

もっと根本的なところを救わないで、表面に出た「さまざまなよくない行為」だけをやめろやめろと言うのは、ものっすごく、酷だと思うんです。
下手したら、「だったらもう死ぬしかない」と思わせかねない気がするんです。

でもね、その「根本的なところ」を救う言葉なんて、私程度の人間には、どうがんばっても、思いつかないんですよ。
どんなに「ああ、なんとかしてあげたい」と思ったって、他人である私ごときが救えるような、そんな浅い話じゃないんですよ。人の苦しみは。

私にできるのは、「当時のわたしなら何をしてもらいたかっただろうか」と必死で考えて、それが自分以外の人にも該当するのかも必死で考えて、おそるおそる、「お話、聞いてますからね、全然いやじゃないですからね」感を出しながら、なんというか「大量のカレー作って店開けて待ってる」みたいな、来てもいいし来なくてもいいです全然、みたいな、そういう空気を出しつつ生きていくことぐらいなんですよね。

あなたの絶望を外野の勝手な判断で甘く見つもるようなこと、したくない。
というスタンスでいたい。できれば。
考えの行き届く範囲でしか、できないですけど。

わがままを言うとしたら、自分の「くるしい」を、信じてあげていただきたい。
少々ムチャな自傷しても、死にさえしなければ、その逃避は必要だからやってるんだと思うので、とめる権利は私にもあなたにもない、とおもう。
ただ、これも外野のわがままなんですけれど、できれば死なないやつまでにとどめてください。
多分、多少の後遺症は、ある程度受け止められると思うんですよ。逃げ道必要。

カレー屋するか。

しません。

また。

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